七夕シンポジウム「」を開催
2009-10-13 16:57:36 筆者:admin06 出処:日中新聞社 回数をブラウズします:0 ネット友達から評価 0 箇条
「農業振興」で意見交換
(リード)
さる7月9日、都内憲政記念館において、特定非営利活動法人ふるさとテレビ主催による4周年記念七夕シンポジウム「今、これから、ふるさとが面白い。ふるさとの元気を語ろう!パート4」が開催された。日本の「ふるさと」を活性化すべく、インターネットを通じた地方情報・ニュースを発信しているふるさとテレビの設立4周年を記念するこのシンポジウムには、基調講演として自由民主党選挙対策副委員長である菅義偉衆議院議員が登壇、地方活性化への提言が話されたほか、第2部ではコーディネーターに早稲田大学教授である北川正恭氏を迎え、JA農協代表理事専務の加藤一郎氏、川口ゆり子バレエスクール副校長の川口ゆり子氏、株式会社ナチュラルアート社長である鈴木誠氏、NPO農業の学校代表の田中進氏、伊賀の里モクモク手作りファーム専務理事の吉田修氏によるパネルディスカッションが催された。
(見出し)
「ふるさと納税」で地方活性化
創意工夫で行政サービス拡充

「格好悪い」先入観は大きく転換
「躁」と「鬱」の時代の主張とは
(本文)
基調講演のため登壇した菅議員は「私自身、総務大臣を経験したこと、内閣府特命担当大臣として地方分権改革を担当したこともあり、本日はこの場に立っている。私は総務大臣に就任した時、日本人は皆『ふるさと意識』をもってもらいたい、と考えていた。そのことが日本全体の嵩上げにつながるだろうと、そんな思いで地方に関する様々な政策を提唱してきた」と自身と地方自治の関係を紹介。
そして「私が副大臣を務めていたとき、地方自治体の財政破綻の問題が起こった。市議会で破綻を発表した翌月、議長のボーナスが増えた、との新聞報道があった。一般の常識からかけ離れていると、相当怒った記憶がある。今の仕組みは『自分たちのその町を経営する責任が全くない、ダメだったら国が何とかしてくれる』。地方行政の一番の問題ではないだろうか」と問題提起した。菅議員は「同じ規模のA町とB町。A町は魅力を活かした街づくりで税収も上昇。一方、B町はほとんど何もしないので税収は下がる。しかし、中央からの交付税はB町の方が多い。これではある種『頑張れば頑張るほど損をする仕組み』になる」「この仕組みを変える必要がある」と続けた。
菅議員は「私は『ふるさと納税制度』を提唱した。ある地方自治体の財政破綻が契機となった。住民税の1割は納税者本人が希望する「ふるさと」に納税できる仕組み」「当時、行政側は大反対だった。それは『受益』と『負担』という住民税の根幹を揺るがすためだった」
「納税先となる『ふるさと』の定義が難しいなど色々と抵抗もあった」
「当時私は『その税制は戦後の混乱期に作ったもの。当時と今、人の移動はどれだけ変ったか、休日は?平均寿命は?長い人生の中での受益と負担を考えるべき』と説明した」
「例えば、地方では高校まで将来を担う若者たちへ『投資』する。しかし、いざ働き始めると、若者たちは地方にはおらず、都市部、中央で納税する。このギャップを補う仕組みは必要」そして「日本に寄付税制という仕組みを根付かせいたい、と思っていた」と話す。
菅議員は「今回、総選挙が迫っているが、是非マニュフェストには『地方分権』を盛り込みたい」と話す。明治維新以降、日本は強固な中央集権体制により世界第2位の経済大国まで進んできた。しかし、少子化・高齢化が生じている現在、果たして中央集権という制度でよいのか、大きな疑問があるとし、地方に権限、財源、税源を委譲し、自治体が自分たちの責任の下に創意工夫で自分たちの町を作っていく責任をとってもらう仕組みを作ることが必要と説明した。
菅議員は創意工夫の一例として、自身が横浜市の市議会議員時代の経験を紹介した。「当時、横浜では幼児たちの保育所が足りなかった。保育所を増やすため、国から支援を受ける場合、施設の『廊下の幅』や『調理場の面積』『子供一人当たり1坪の広場が必要』など細かく定められている。しかし、人口の密集した都会の中で、それに合致した施設を作ることはほぼ不可能に近い。そこで我々は条例で『横浜型保育所』を作った」「(施設内に)広場がなくとも500メートル以内に公園があれば、そこを広場として利用する」といった仕組みで、「現在は3500人ほどの子供たちをそうした『横浜型保育所』であずかっている」と紹介した。
菅議員は「国は外交や国防、あるいは通貨など大局にたったことに責任を持ち、地域に関係することは全て地方自治体に委ねる時期にきている」と話した。
第二部であるパネルディスカッションは本シンポジウムのタイトルともなった「今、これから、ふるさとが面白い。ふるさとの元気を語ろう!パート4」について、広範の分野で活躍している専門家が集ったもので、コーディネーターに元三重県知事で早稲他大学大学院公共経営研究科教授である北川正恭氏が登壇、パネリストにJA農協代表理事専務の加藤一郎氏、川口ゆり子バレエスクール副校長の川口ゆり子氏、農畜産物の生産・加工・販売および農業コンサルティング(再生事業、市場調査、ファイナンス)を手がける株式会社ナチュラルアート社長である鈴木誠氏、元銀行・外資系生命保険会社でトップセールスを記録、04年より農業生産法人を設立したNPO農業の学校代表の田中進氏、人口8000人の村に年間50万人を集客、日本一の「農業テーマパーク」を創設した伊賀の里モクモク手作りファーム専務理事の吉田修氏が顔をそろえた。
パネルディスカッション冒頭は、北川氏は「1868年の明治維新以来140年が経過し、廃藩置県が行われた時、当時の『東京府』の人口は全国で17番目の96万人に過ぎなかった。中央集権で工業国家は必然的に都市集中を生む。自然を克服する文化。その結果、東京の人口は1200万人、首都圏で3300万人となった」
「一方、一次産業に従事し、65才以上の人口が50%を超える集落のことを『限界集落』と呼ぶが、現在、この限界集落が全国に7800ヶ所を越えた、といわれる」「今、『東京よさようなら』という国づくりが求められている」と話し、登壇したパネリスト各人に意見を求めた。
JA農協の加藤氏は「躁の時代の主張が市場原理主義であるなら、鬱の時代の主張はスローライフやエコロジーだと思う。将来ではなく、歴史から振り返って、今、日本の農業はどうあるべきか、問われている」と話す。
続けて川口氏が自身が経験した地方の活性化、農村でのバレエ公演にまつわる経験を紹介。
鈴木氏は「私自身農業の世界では初心者であり、経験、人脈、資金何もない。有り難いことに、仲間に恵まれた」「農業の活性化は地方の活性化につながる」と断言する。
続いてマイクを持つ田中氏は「04年から農業の新しい形を作りたいと、農業生産法人を設立した。農家の子供は経験されたこともあるだろうが、親から『これからの時代は農業じゃない』と、幾度となく耳にした。しかし、今、非常に多くの人々が『農業をやりたい』と、我々の『農業の学校』を訪ねる。それは都会で働く、ということに矛盾や課題があるからだと思う」と説明する。そして吉田氏は「設立して21年になった。士農工商という言葉があるが、自分たちは農も工も商も行った。起業時、自立性が高く、常に挑戦的でありたい、楽しくありたい、という3つをキーワードと考えた」
「今、資本は農家と従業員のものだけ。売上高は50億円を越えた。9割は一般の流通に頼らない直販による」「自分たちで作ったものが自分たちで値を付けられない、このシステムが夢がなく、若者離れの一つだと思う」と話した。
その後パネルディスカッションは、日本の現代農業が抱える課題、地方が抱える課題について話合われた。
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