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日本式英語から見る日本人の意識
2012-09-03 14:41:11   From:   コメント:0 クリック:

  悲喜こもごものロンドン五輪が終わった。日本から五輪中継を見ていると、中国で見るのとはまた異なる味わいがあった。  なかでも一番...

  悲喜こもごものロンドン五輪が終わった。日本から五輪中継を見ていると、中国で見るのとはまた異なる味わいがあった。

  なかでも一番印象的だったのが、レポーターの絶妙な解説だ。彼らは英語の外来語を大量に使う。一定の英語の素養がある者が聞けば、親しみを感じたり、あるいはピンと来なかったりすることだろう。

  これら和製英語は、外国人との交流を促進するものだろうか。それとも阻害するものだろうか。和製英語の変遷をひも解けば、日本が近代化する過程や、日本の民族意識を垣間見ることができるかもしれない。早稲田大学外国研究員である崔金柱さんが関連する評論を発表している。

  早くも16世紀、戦国時代の日本において宣教師が英語を伝えている。しかし真に英語に対する興味が高まったのは、1853年のペリー来航以降である。福沢諭吉は近代日本の英語学習と研究の第一人者であり、近代日本思想の父と呼ばれている。その姿は現在、日本で最も価値の高い紙幣である一万円札で見ることができる。

  明治維新以来、日本人にとって英語は愛憎の入り混じった存在である。言語とは国家と民族精神の前提となるものである。日本人の英語に対する態度は、近代日本が伝統を維持しつつ近代を追求しようとした姿の縮図ともいえるだろう。

  簡単に言うと和製英語は、日本の伝統と英米文化が日本において混交した結果の産物である。統計によると、現代日本語における日常単語の10%(約5000語)が外来語であり、そのほとんどが英語を語源とする。誇張抜きに、和製英語がなければ日本人は正常な生活ができない。

  和製英語は日本語表現を豊かなものにし、同時に、英米の最新知識や文化を迅速に吸収することを可能にした。しかしこのようなメリットは日本語圏内にいるときのみ有効となる。いったん日本人が英語で非日本人とコミュニケ―ションを取ろうとすると、和製英語はとたんに役立たなくなってしまう。

  要するに和製英語はインプットには適しているが、アウトプットには不利なのだ。とはいえ和製英語は日本の翻訳産業の発展を促した。国外、特に英語圏の情報は迅速に日本語に変換され、国内で利用されている。

  1980年代まで、日本は常に科学技術、管理手法、文化などの分野で欧米先進国に追い付こうとしてきた。時には彼らなりのイノベーションによって、欧米諸国を凌ぐことさえあった。この過程において和製英語は、英語圏で流行するものを日本語に組み入れるだけでなく、科学技術や企業管理などの最新理念なども素早く取り込むための道具となった。

  しかし情報化社会に突入すると、国際交流を翻訳に頼るのみでは、市場が求める迅速さに追いつかなくなってきた。情報伝達モデルの転換以外にも、国際的な人材流動化が日本にとってのネックとなった。世界的にみれば日本語は弱小言語であり、使える範囲は限られている。高等教育を受けた日本人ならば最低6年の英語学習経験を持つが、和製英語の存在によって、多くの人々が読み書きだけしかできない英語話者に留まらせている。

  日本経済が強く、日本企業が輝いていた時代。日本語は日本型経営の一部になっており、日系企業内での地位はゆるぎないものだった。和製英語であれ、スタンダードなアメリカ英語であれ、日本経済界にとっては区別のないものだった。

  しかしこの20年間の経済状況を見ると、日本の工業分野での優位性は徐々に失われ、今後に関しても楽観的な予測が少なくなった。金融業や文化産業、サービス産業といった日本の第三次産業の場合、その優位性は依然として高く、潜在力もあるが、長期的なデフレ、人口のマイナス成長などが市場をシュリンクさせており、海外進出圧力は高まるばかりである。

  このような状況を打破するため、少数だが行動に転じる企業が出てきた。日本最大のEコマース企業である楽天は、2012年7月より、社内公用語を英語に変えた。社員食堂のメニューまで英語に取って代わった。

  日本最大の富豪である柳井氏が率いるユニクロも、社内公用語を英語に変えた。文化保守主義者は、企業が英語を強制することを日本語と日本文化を滅ぼす行為だと言って非難した。また英語化政策が日本人の就業競争力の低下をもたらすと心配する人もいた。もっともこれは今のところ、低迷する就業状況にあって大きな問題にはなっていないが。

  相反する見解は、文化的な立場の違いから来ている。ビジネスに国境はない。グローバル時代は直接性と効率性が求められる。しかし日本語は曖昧さと協同を好む言語である。少なくとも現在のところ、両者が合体した和製英語は、日本がグローバル化する過程において障害となっている。すでに人々の求めるものに対応できなくなっており、放棄される趨勢にある。

  しかし筆者は、これは単に日本が国力低下、経済不況下にあるためであり、その場限りの動きと見る。明治維新以来の日本の英語利用と改造の歴史から考察すると、危機が去って一息付いた頃、従来とは異なる和製英語的な方式が日本語システムの中に取り込まれていくと思われる。

(チャイナネット)

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