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日中友好会館美術館で「劉田依東京書画展」を開催
2016-12-28 18:15:29   From:篠原功   コメント:0 クリック:

「劉田依東京書画展」がこのほど日中友好会館美術館で開催された。


記念撮影


劉田依氏
  
日中友好会館美術館で「劉田依東京書画展」を開催
 
 「劉田依東京書画展」がこのほど日中友好会館美術館で開催された。この書画展のために中国から来日したのは中国書道家であり、南京百創教育センター名誉校長の劉田依氏をはじめ、JACC中国産業連盟委員会副主席の劉継青、中国南京百創教育センター法人代表の王文建の各氏ら。開幕式では来賓を代表して中国大使館一等書記官の欧陽安、日中友好会館中国代表理事の鄭祥林、日中協会理事長の白西紳一郎、田中角栄氏の子息の田中京、港区区会議員の丸山たかのり、日中文化交流センター理事長・㈱アルバックス会長・人民日報海外版webサイト日本頻道代表の呂娟の各氏などが挨拶した。
 
 劉田依氏は1933年、上海生まれ。本貫は河南省。建国前は国民改革軍遺族学校で学び、1949年に革命に参加した。建国後は中国人民解放軍総政治部第一文芸幹部養成クラス、上海音楽学院作曲養成クラスを卒業した。
 中国初の海軍文工団の作曲と指揮を担当し、チェロ、バイオリン、二胡、ピアノなどの楽器にも精通した海外でも著名な現代中国書画大家だ。多数の展覧会に参加し、数々の賞を受賞している。
 その作品は、三菱㈱、東京医科歯科大学、東京関西書道会、大阪青松書道会、カナダ華人文化堂、台湾中華名人堂、深圳発展銀行、華人英才雑誌社、于右任記念館、周恩来記念館等の博物館、美術館に収蔵されている。
 劉氏は、前述したように音楽はもとより、舞踊、演劇、絵画でも偉才を発揮するだけでなく、多言語を駆使、漢方・養生にも長けている。劉氏の父親の劉覚民氏は中国の民主革命家で、中国近代早期民主革命の先駆者とした名高い。
 特に孫文氏が先導した第一回目の同盟会会員で、満清帝制王朝を崩壊に導いた辛亥革命に参加し、国民党早期開祖者の一人に数えられている。劉覚民氏と于右任氏は友人で、劉田依氏は少年期から于右任氏に師事し、書画を学んだ。さらに劉覚民氏のもう一人の友人である著名国画大師の銭痩鉄氏からは国画と芸術理論を学んだ。


欧陽一等書記官


白西紳一郎理事長


呂娟会長


秀作が展示された会場

 
真・草・隶・篆の風格残し、変化に富み「入神の域」に
 
 劉田依氏の書画の特徴は、真・草・隶・篆の風格を色濃く残し、変化に富み、入神の域に達しているところだ。さらに伝統を基礎に置き、長期にわたる研鑽によって、大胆かつ積極的な創作活動で芸術の頂点を目指してきた。その作品は創造性と生命力に満ちていると評価され、泰斗于級大師の称号を与えられた。
 オープニングで劉田依氏は「私の作品は、まだまだ未熟なところが多い。これからも大いに努力して高みを目指していきたい。鑑賞してご意見を述べて頂ければありがたい」と謙虚な姿勢で挨拶した。
 中国大使館一等書記官の欧陽安氏は「書画展の円満なる開催を嬉しく思う。中国大使館文化部、さらに個人の名において劉先生の書画展の開幕に熱烈な祝賀の意を表したい」と述べた。さらに欧氏は「劉先生がわざわざ日本に来られ、個展に出席されたことを心から歓迎したい」と述べ、「中日両国は一衣帯水の隣国で、文化交流は『源遠ければ流長し』の精神で続けてきた。文化交流は相互理解・友好という重要な役割を果たしてきた。日本の皆さんは貴重な作品への理解を深めるだけでなく、中日文化交流をさらに進めて頂きたい」と要望した。
 来賓を代表して挨拶に立った日中協会の白西紳一郎氏は「劉先生にはぜひ富士山を画いてほしい。赤富士は日本の画家が好んで画いている。富士山の画が完成したら、ぜひ私にください」とユーモアを込めて語った。
 また、田中角栄氏の子息・田中京氏は「文化とは政治を超えて懸け橋になる。私も劉先生のように日中の懸け橋になりたいと考えている」と語り、日中文化交流センター理事長・㈱アルバックス会長・人民日報海外版webサイト日本頻道代表の呂娟氏は、「劉先生は85歳になっても日中文化交流に力を注いで頂いている。私も85歳までには画の展示会をやりたい。ぜひ応援してください」と述べた。

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