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北京―杭州を結ぶ長大な「京杭大運河」
2012-05-24 13:22:23   From:   コメント:0 クリック:

北京―杭州を結ぶ長大な「京杭大運河」 経済・軍事の要地が結合、中国統一促す









 

昼食を江南阿二で取る。龍井茶料理(茶宴)や田舎料理を楽しんだ。14時から京杭大運河で運河遊覧船、香積寺、大兜路、橋西歴史街区、三大博物館などを取材した。
 京杭大運河(けいこうだいうんが)は、中国の北京から杭州までを結ぶ、総延長2500キロメートルに及ぶ大運河である。途中で、黄河と揚子江を横断している。戦国時代より部分的には開削されてきたが、隋の文帝と煬帝がこれを整備した。完成は610年。運河建設は人民に負担を強いて隋末の反乱の原因となったが、運河によって政治の中心地華北と経済の中心地江南、さらに軍事上の要地が結合して、中国統一の基盤が整備された。この運河は、その後の歴代王朝でもおおいに活用され、現在も中国の大動脈として利用されている。
 漢方薬店など古い街並みが残る橋西歴史街区から大兜路歴史街区まで遊覧船に乗った。歴史的街並みを残そうと努力しているようだ。 運河遊覧船で運河航行をしばらく楽しんだ後、「香積寺」へ。杭州には霊隠寺・浄慈寺・三天竺など多くの寺院がある。香積寺は最近再建された。新しいので「新香積寺」とも言うらしい。場所は他の寺のように西湖近辺ではなく、京杭大運河のほとりにあった。
 寺院の創建は北宋のとき(978年)。最初は「興福寺」と呼ばれていたが、のち真宗によって「香積寺」と賜額された。寺の前には運河があることから、多くの船が往来し、多くの参拝客が訪れた。そのためここは「運河第一香」とも称されていた。
 その後、元代末に火災に遭い、何度か修建され、清の康熙帝のとき(1713年)に東西二つの石塔が建てられた。1963年に重点文物保護指定をうけるが、5年後には東塔が倒れ、西塔だけが残った。
 まず一番手前に「天王殿」がある。そこには他の杭州寺院同様に、弥勒と四天王・韋駄天が安置されている。しかし、普通は韋駄天が見守る「大雄宝殿」があるが、「天王殿」と「大雄宝殿」との間に「大聖緊那羅王菩薩殿」があり、その裏には弁天が安置されていた。
この伽藍配置は他の杭州寺院とは異なる。その他には、観音殿・文殊殿・普賢殿や鐘楼・鼓楼がある。さらに「伽藍殿」が出口付近にあり、ここには、「関公」(関帝・関羽)が祀られている。やはりこれも杭州の他の寺院では見られない特徴である。

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