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工藤芳郎氏に聞く ②
2013-11-15 14:08:32   From:日中新聞   コメント:0 クリック:

1965 5 北京に訪問 (工藤芳郎提供)中日関係不正常は尖閣諸島が要因外交交渉を早期に始めること重要 日本国際貿易促進地方議員連盟は超党
1965.5  北京に訪問   (工藤芳郎提供)

中日関係不正常は尖閣諸島が要因
外交交渉を早期に始めること重要

 日本国際貿易促進地方議員連盟は超党派の議員から構成され、日本全国の主要都道府県、市の議員が議会単位で参加しました。(事例東京都―貿易促進東京都議会議員連盟)議員連盟の日中関係で果した役割は日中国交回復のため政府に対して地方自治法に基づいて意見書を決議し提出しました。その数は、延べ数100にのぼります。日本国民の日中友好、国交正常化を望む声を結集したものです。  
 同時に日中間の相互理解促進のための交流活動も積極的に行いました。1963年10月北京、上海日本工業展覧会には中国国際貿易促進委員会南漢辰主席の招聘により42名の地方議員(東京都、大阪府、福岡県、新潟県、北海道議会議員等)を派遣したことは代表的事例です。  
 その時東京―北京の友好都市のため動物交換(中国からパンダ)を実現しようと東竜大郎都知事のメッセージを人民大会堂で彭真北京市長に手渡しました。私は秘書長として参加しました。パンダ外交の契機となったことを誇りに思っています。  
 1972年の国交正常化まで4回訪中する機会があり、北はハルピン、南は広東に至る各地で大歓待をいただき理解を深めることができました。1966年には周恩来首相と接見、乾杯する機会を得ました。当時の中国関係者に敬意と感謝の意を表するものです。帰国後は全国各地で報告会を開催しました。  
 日中国交正常化は1972年9月29日、田中角栄、周恩来両国首相間で「共同声明」の調印により実現しましたが、この間における日中関係者の尽力とその経緯を現代人は正確に学び理解することが重要だと思います。  
 【日中関係正常化のための両国の課題 「日中国交正常化共同声明」(1972年)並に「日中平和友好条約」(1978年)の基本文書、精神の原点に戻ることが大切】  
 日中関係の不正常な状態は尖閣諸島をめぐる問題が要因だといえます。  
 我が国では「現状維持論」、武力衝突を避けながら、海上保安庁の船舶を最大限に活用するとするもの。「実行支配強化論」灯台など諸設備を設置するというもの。「棚上げ論」は1978年トウ小平がかつて来日中の講演で「この問題は現代人の智恵では解決出来ない。将来より智恵のある人が出てくるだろうから、その時点で解決してはどうか」という趣旨の発言をしているなどにみられます。  
 いずれにせよ、今後外交交渉を早期に始めることが求められます。  
 交渉の基本的スタンスは自国の主張を一貫するとともに相手国の主張を謙虚に受け止めなければなりません。そして異なる点を認め合いながら一致点を見出す努力を重ねることにあります。交渉の現状における第一のねらいは武力による極地紛争を回避することにある。正に小異を捨てて大同につくことです。  
 従って、日中双方の関係者は、この際、歴史に謙虚に立ち向い、正常化に尽すべきです。日中間の歴史的、基本的文書としては、次の4つがあります。   
 【日中間における4つの歴史的基本文書】  
 ①日本国政府と中華人民共和国政府との共同声明(1972年9月29日)  
 ②日本国政府と中華人民共和国政府との間の平和友好条約(1978年8月12日)――全文後掲  
 ③平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言(1998年11月26日)  
 ④「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明(2008年5月7日)  
 なお、次号で平和友好条約の全文を掲載する。

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