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「魯迅と日本友人展」を開催
2012-06-05 12:26:06   From:   コメント:0 クリック:

小説家・思想家「魯迅」と日本の友人達 300名を越える人物往来、友好の記録



 

この5月15日(火曜)から25日(金曜)にかけて、都内東京中国文化センターにおいて「魯迅と日本友人展」が開催された(主催:上海市人民対外友好協会、上海魯迅記念館、東京中国文化センター)。パネル展示と書画、日本での思い出の品々が展示されたもので、開会初日の15日には開幕式も開かれた。中国の文豪、思想家として名高い魯迅は、1902年に日本に留学、日本で多くの友人たちと絆を深める一方、文学著作、翻訳など多彩な活動を通じ、日本と中国の友好関係に誠実に取り組んでいった。同展覧会では、魯迅の生涯のうち、「日本」をテーマに「日本への留学」「翻訳活動」「友人往来」の3部構成で紹介したもの。15日に拓かれた開幕式には、主催側である上海魯迅記念館の王 錫栄館長、上海市人民対外友好協会の梅 臨福常務理事をはじめ、東京大学の藤井省三文学部教授、そして魯迅と関係の深い内山書店の内山籬(まがき)社長らが出席、同展覧会の開催を祝った。当日は、魯迅と親交の深かった「文求堂」主人、田中慶太郎氏の子孫である古西陽子氏より、魯迅に関わりの深い文献2冊が魯迅記念館の王館長に手渡されたほか、魯迅の孫である周寧さんも出席、テープカットに参加した。なお同展覧会は巡回展として11月、12月頃にも「愛知大学」及び「大阪府豊中市」において開催される予定だという。
(見出し)
57枚のパネル展示が伝える友好交流
魯迅留学から110周年迎えた今日を祝う
(本文)
 東京中国文化センター内の壁一面に飾られた大きなパネルには、中国の文豪、思想家である「魯迅」のリラックスした姿、そして彼が残した言葉が記されていた。「人類にとって一番いいのは隔たりがなく、お互いに世話をするということである。しかし、その最も正確な道は文芸でしか結び付けない」。また他のパネルには「日本と中国の大衆は、そもそも兄弟である」。
 浙江省紹興市出身の学生、周 樹人、後の「魯迅」は1902年、神戸丸に乗って日本に留学を果した。東京都内で日本語を学んだ後、仙台医学専門学校に入学した魯迅は、そこで文学の道に深く傾倒していった、といわれる。日本の童話、文芸作品を数多く中国語に翻訳するとのとともに、自身も創作活動に努め、1918年に発表された「狂人日記」、21年に発表された「阿Q正伝」は今尚各界から高く評価されている作品だ。魯迅が提唱した「拿来主義」、外国の文化をまずは取り入れて、分析してから使うべきという主張は、今日においても中国の学校で学ばれている。
 魯迅が取り組んだ日本の文芸、各種書作物のの翻訳や日本の文壇や実業界での人物往来は極めて多彩だ。
 5月15日から25日まで、東京中国文化センターで開催された「魯迅と日本友人展」に、魯迅と交流のあった日本人の名簿が展示されていた。延べ300名を越えるその名簿には日本の近代文学を代表する作家たちの名前が並ぶ。公私を越えてつき合い、友好を深め、日本を中国に伝えた魯迅の功績かいかに大きなものだったか、改めて深く理解する機会となった。
◆◆
 5月15日、「魯迅と日本友人展」の開幕式が、都内東京中国文化センター内で開催された。80名を越える関係者、研究者、メディアなどが列席する中、まず主催側を代表して上海魯迅記念館の王 錫栄館長がマイク前に立ち挨拶した。王館長は
「今年は『中日国交正常化40年』にあたる。この中日両国の交流にとり意義深い催しとして、東京で『魯迅と日本友人展』が開催されることを大変嬉しく思っている」と語り、続けて「20世紀を代表する作家、思想家である魯迅は、若い頃日本に留学し数百人を越す日本の方々と深い友情を結んだ。日本語を通じて日本、西洋の文学を知り、多くの作品を中国語に翻訳した、日本の皆さんにも尊敬されている中国の作家だ」と語る。王館長は「魯迅に考え方、優れた知恵は時代とともに益々評価が高まっている。また100年以上前の魯迅と日本の友人方との交流も改めて評価されている。今回は当時の魯迅と日本の方々の交流を知る資料を数多くお持ちした。同展を通じて当時の交流を多くの皆さんに伝え、現代の人々を元気付けたい」と語った。
 また王館長は「上海の魯迅記念館には、これまで日本から魯迅にまつわる数多くの文物が寄贈されてきた」と語り、開会式当日も、魯迅と親交の深かった「文求堂」主人、田中慶太郎氏の孫である古西陽子氏を紹介、自宅に保管されていた100年以上前の中国の文物について、記念館への寄贈が行なわれた。文求堂は1861年に京都で開業した出版社、輸入書店で、明治34年に東京・本郷に店舗を移し、広く中国の書籍輸入、翻訳出版を手がけていた、という。
 王館長の挨拶に続いて、来賓を代表して中国駐日本大使館より孫 美嬌参事官がマイク前に立ち挨拶した。孫参事官は「今年は中日国交正常化40周年を記念して、政府、民間双方で数多くの関連イベントが開催されている」「両国はこうしたイベントを通じ益々その関係が深まっている」「同じ漢字を用いている日本は、他の国々と比べ中国の理解が深く、中国の歴史・文化に興味を持たれている」と語り、続けて「魯迅先生は中国の近代史において大変高く評価されている偉人だ」「魯迅先生は当時、日本の文化や東洋思想への期待、革命への志を抱いて、21才の時に日本へ留学した」「7年間の日本での滞在期間中、先生は両国の人物往来、文化伝播などで重要な役割を果たされた」「魯迅先生が両国の間に残された素晴らしい精神的遺産は今尚大切にされている」と語った。
 
 続いて、主催側として上海市人民対外友好協会の梅 臨福常務理事が挨拶した。梅常務理事は同展開催に当たって尽力された関係各位に感謝の言葉を伝えると、「魯迅は中日友好交流で先駆的な活動を行なわれた方だ。魯迅が訪日されて今年は110周年にあたる」「日本は、魯迅が初めて訪れた外国であり唯一訪れた外国だった。魯迅と日本の友人との友好交流は、あの時代の両国の友好交流の歴史でもあったと思う」と語り、続けて「魯迅の時代と比べ、今日の私達は大変に恵まれている。だからこそ我々は、倍の努力を持って両国の友好交流を続けていくべきだと思っている」と語った。
 開会式では日本側来賓として東京大学文学部のの藤井省三教授、そして内山書店社長である内山籬氏がマイク前に立ち、同展開催を祝った。
 藤井教授は日本語と中国語双方で満場となった会場内に向けて自身の思いを伝えた。一方、内山社長は1980年代に、創業者である内山完造氏の親族、上海にあった内山書店の従業員、顧客と共に『上海内山会』を立ち上げたこと、時代を経て、魯迅と面識のあった会員の多くが鬼籍に入られたこと、「内山会」も次の世代にその思いを繋いでいくことを紹介した。

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