中国語  日本語
ホーム > デジタル記事 > 記事全文

女優・倍賞千恵子さん『高倉健さんと生きた時代』を語る②
2016-01-13 17:31:21   From:篠原功   コメント:0 クリック:

第28回東京国際映画祭の追悼特集『高倉健さんと生きた時代』において女優の倍賞千恵子さんが舞台挨拶、高倉健さんと共演した時のエピソードを語った。その第二弾だ。


女優・倍賞千恵子さんと娯楽評論家の佐藤利明氏

 第28回東京国際映画祭 上映追悼特集
 
女優・倍賞千恵子さん『高倉健さんと生きた時代』を語る②
 
 第28回東京国際映画祭で上映された追悼特集『高倉健さんと生きた時代』において女優の倍賞千恵子さんが舞台挨拶を行ない、高倉健さんと共演した時のエピソードを語った。その第二弾だ。
 
 第一弾では、倍賞千恵子さんに映画『幸福の黄色いハンカチ』で共演した「高倉健さんと生きた時代」について語っていただいた。第二弾では同じ山田洋次監督が監督・脚本を担当した『遥かなる山の呼び声』で共演したときのエピソードを語っていただいた。
 この映画は1980年3月15日に公開された。いわゆる民子3部作(1970年の『家族』、1972年に『故郷』)に続く第3作だ。この映画は高倉健、倍賞千恵子、武田鉄矢に、吉岡秀隆、ハナ肇が加わり、渥美清が友情出演している。
 舞台は北海道東部に広がる根釧原野(中標津)。ある春の嵐の夜、一人の男(高倉健)が、幼い子供(吉岡秀隆)を抱え、女手一つで酪農を営む未亡人・民子(倍賞千恵子)のもとを突然訪れ、「雨風しのぎにどこでもいいので泊めてほしい」と懇願する。
 民子が男を物置小屋に泊らせる。深夜の牛の出産を手伝った翌朝、男は礼を言い立ち去るが、民子の息子から礼金を受け取るときに父親を亡くしたことを知る。
 夏のある日、再びその男が民子のもとを訪れ、「雇ってほしい」と懇願する。民子はしぶしぶその男を雇い入れる。北海道・中標津の酪農地帯の春夏秋冬を見事に織り込んでストーリーが展開していく。結局、倍賞さんは毎年の半分をこの牧場で過ごすことになった。
 この映画で山田監督は「働く主婦」を描いた。それも一人で働いている酪農家の主婦だ。その主婦は離農するかどうか迷っていた。その瀬戸際にある零細酪農家。搾乳は機械ではなく手搾り。そんな境遇に置かれた主婦だった。
 「撮影するに当たって、セリフを覚えるというより、牛小屋の仕事を覚えるのが先でした。最初、地元の酪農家の主婦・谷口さんに牛小屋に連れていかれた。中に入ると牛たちは口をモグモグと反芻しながら、ずっと私を見ている。怖いのと糞尿の臭いがきついのに驚いた。乳搾りの後は糞尿を外に出す仕事です。このような仕事を覚えるところから始まりました」と倍賞さん。
 
◆男に「行かないで、私寂しい」とすがりつく
 
 それから濃密な撮影が始まった。民子は大地に足を踏ん張って生きている未亡人。『幸福の黄色いハンカチ』は夫婦の「機微」を描いたが、この映画は男と女の関係を描いた。秋に男は自身の忌まわしい過去を民子に打ち明け、牧場から去ろうとする。民子は男に「行かないで、私寂しい」とすがりつく。
 倍賞さんは「今まで一度も経験したことのない演技。初体験のシーンです。生活の中に男と女が入ってくる。濃密でした。『行かないで!』と言われたことはあるが、私の方から言ったことはない。ガードの固い女が男に『行かないで』と言った。『女』を演じたのです。あんなことは久しぶりでした」と会場を笑わせた。
 倍賞さんにとって『男はつらいよ』の異母妹の「さくら」とも異なる「女」を演じたのだ。小学校低学年の吉岡とは初共演。「親子を演じるのだから、一緒にお風呂に入ろう!といったら、嫌な顔をされた。可哀そうなことをしたなあと今でも思っている」と笑う。
 男が牧場を去るとき、男の背中を見送る。民子の幼い子供役の吉岡は「おじさんが行ってしまう」と全身を震わせながら嗚咽する。このシーンの撮影が終わり「お疲れさん!」とスタッフに声をかけられても、吉岡は牧場にしゃがみこんで泣いていた。
 「この映画の撮影は仕事と臭いから入り、民子になり切った。自分がどこかに行ってしまい、なかなか民子が抜けず、千恵子に戻らなかった。牧場に散らばっている牛たちを呼び寄せるのに『ベー、ベー』と言うと、牛たちは集まってくる。それが面白くて!」と懐かしそうに振り返った。(続く)

熱に関連する単語の検索:女優・倍賞千恵子

前の記事:電通がタイにアジアプロモーション統括会社設立
次の記事:「第15回在日留学生音楽コンクール」を開催

分享到: 收藏