日本家電ブランド、中国・台湾企業へ売却のむなしさ
2016-05-27 09:33:34 From:日本経済新聞 コメント:0 クリック:
改めてその思いを強くしたのは4月中旬のこと。
「取材は受けるが、我々は東芝の話は一切しない。絶対しないし、答えない」――。
中国南部の街、広東省仏山市。美的集団の本社で、そう事前に厳しい条件を付けられ、許された経営幹部へのインタビュー。日中間の買収案件は、ギクシャクした日中関係が絡み、これまでも神経質な問題として取り上げられる事が多かった。それゆえ、美的集団も東芝の話題に触れられる事は避けたかったようだ。
だが、取材を始めて1時間が過ぎた頃、ずっと当事者に確かめておきたかった東芝に関する質問を、あえてストレートにぶつけてみた。
「結局、あなた方は東芝の何が一番欲しかったのですか? 技術ですか? 人材ですか? ブランドですか?」
すると、それまで和やかに進んでいたインタビューの雰囲気は一変した。だが今回の買収を仕掛けた経営幹部は、眼鏡越しにこちらをジロリとにらむと、少しためらいながらもこう言い放った。「それは、ブランドですよ」
やはり、ブランドありきの買収だった。「『TOSHIBA(東芝)』のブランド使用権ですよ。それが使えなければ、我々が東芝の白物家電を買収する必要はないですからね」
■欲しいのは、技術や人材より「ブランド」
その口ぶりからは同時に、ブランド以外の白物家電の技術や人材といったものには、あまり興味がないように受け取れた。
美的集団は買収で東芝の白物家電の事業そのものだけでなく、今後40年間の長期にわたり、「TOSHIBA(東芝)」ブランドを使い、世界中で商売ができる権利を得た。ブランド力に劣る美的集団にとって、まさに願ったりかなったりだろう。
一方の東芝は、事業の売却益を得るかわりに大きなリスクを背負うことになった。
いうまでもなく、「TOSHIBA(東芝)」は商品ブランドであると同時に、東芝という企業の会社名であり、コーポレートブランドでもある。例えるなら、トヨタ自動車が「TOYOTA」ブランドの使用を中国企業に許可し、40年間にわたって「TOYOTA」ブランドを使って世界で車を売ってもいいと認めてしまうのと同じ事を東芝は行った。
もし仮に、美的集団が今後、東芝ブランドで発売する白物家電で大きな不具合を出した場合、東芝は「この商品は実はうちが作ったものではなく、美的さんが作ったもので、当社は関係がありません」と、果たして消費者に胸を張って言えるだろうか。問題が起これば、消費者は東芝を責め、東芝ブランドが傷つくのは明白だ。
ブランドはメーカーにとって「魂」。それを他国の企業に売って捻出できる資金は、いかばかりか。だが、経営不振に陥った日本企業にとり、背に腹は代えられないのだろう。自ら招いた経営不振の後始末に手を差し伸べ、気前よく資金を出してくれる今どきの中国企業は「ありがたい存在」に映る。
かつてのパナソニックもそうだった。2年連続で7000億円以上の巨額赤字を出した末、2012年に傘下の三洋電機の伝統ある白物家電事業を中国の家電大手メーカーの海爾集団(ハイアール)に売却したのは記憶に新しい。
パイオニアもそうだった。プラズマテレビへの過大投資で経営不振が深刻化し、少しでも資金を捻出しようと、09年に中国の大手家電量販店の蘇寧電器(現在の蘇寧雲商集団)に「Pioneer(パイオニア)」のブランド使用権を有償で売り払った。JVCケンウッドもだ。経営再建中の10年、「JVC」ブランドをパイオニア同様、有償供与の形で台湾企業に売ってしまった。
いずれも長きにわたって築いた伝統ある日本の家電ブランドを、経営不振を理由に「二束三文」で中国・台湾企業に売り渡した。こうした“ニッポン家電”の歴史が、今春またも繰り返された。
一方の中国企業もいまだに、日本の家電事業買収は、ブランド力を高めるための手っ取り早い手段と見る。日本企業に経営問題が持ち上がるたび、真っ先に買い手として名前が挙がるのは、いつも中国企業だ。
美的集団が東芝の白物家電事業を買収する事が決まる以前の事。普段は取材を拒否している、ある大手の中国家電メーカーの担当者が突然慌てた様子で、記者にこんな連絡を入れてきた。「ぜひ、あなたの会社の新聞の紙面でうちの企業をアピールしてほしい。経営トップにもすぐに会わせる。工場も見てほしい。だからすぐに取材をしてほしい」。その中国メーカーは、東芝の白物家電ブランドを手に入れたくて仕方がない様子だった。日本の新聞の紙面を利用しようという狙いがあからさまだったので、取材は丁重にお断りした。
■買い手と売り手、双方に厳しい現実
日中間で度々起こるディール(売買)は、双方にメリットがあるかのように、その時は映る。だが消費者の目は厳しく、現実はそう甘くはない。例えば、パナソニックがハイアールに売却した三洋電機の白物家電事業は今どうなったのか。当初、ハイアールは三洋のブランド力と技術を頼りに、日本などアジア市場の攻略をもくろんだ。だが、いまだに競争力のない中国ブランドのイメージを拭いきれず、「販売が伸びず、今まさにハイアールは日本でリストラを余儀なくされている」(ハイアール関係者)。
パイオニアはどうか。広東省広州市内にある、大手家電量販店の「蘇寧」を訪ねてみた。店内を見回すと、そこには日本には存在しない商品が売られていることに気付く。パイオニアブランドの薄型テレビ、デジタルカメラ、スマートフォンなどが並んでいるのだ。すでにパイオニアは薄型テレビ事業から撤退し、いずれも日本のパイオニアの商品ラインアップにはない商品ばかりだ。
これはパイオニアが09年に経営不振に陥った際、中国家電量販店の蘇寧電器にブランド使用権を有償で供与した結果だ。自社ブランドを持たない蘇寧は、買い取った「パイオニア」ブランドを利用し、名もなき中国メーカーに家電商品を作らせて、次々とパイオニアブランドを付けては売っているのだ。
「あまり人気はないけど、お客さんが1000元(約1万7000円)以下の商品を探しているなら、この安いパイオニアブランドのスマホも、いいかもしれませんね」
20代の中国人女性の店員は、何ら悪気がない様子で、記者にこんな言葉をかけてきた。そんな事だから当然だ。パイオニアは、中国では今や低級ブランドとして認知されつつある。そこには、名門音響メーカーとして一時代を創った「Pioneer(パイオニア)」のイメージはみじんもない。
かつてパイオニアのテレビ開発の技術者が取材中に語った言葉が今も記憶に残る。「うちの経営は今は厳しいが、こんなすごい商品はうちにしか絶対に作れませんからね」。技術者としての強烈なプライドが印象的だった。
ブランドとは本来、メーカーが自らの“魂”を入れることで顧客との間で信頼を築き、時間をかけて育むものだ。メーカーがメーカーたるゆえんはそこにある。
ブランド力が上がらないからといって、いまだに他メーカーのブランドを買収し、他人のフンドシで相撲を取ろうとする中国企業に対し、経営に行き詰まるとブランドさえも切り売りしてしまう日本企業――。
中長期的には、買う方にも売る方にも決して得にはならないディールが、今春もまた繰り返された気がしてならない。
だが、もはや手遅れだ。「SANYO」「Pioneer」「JVC」などに続き、「TOSHIBA」「SHARP」といった一時代を築いたニッポンの家電ブランドがまたしても海を渡り、その命運は中国・台湾企業の手に委ねられた。
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